基盤(1番深いところにある古い地層)となるものは小仏層と呼ばれている中生代白亜紀の後期(約1億年前から6500万年前)から新生代前期古代三紀の中頃(6500万年〜4500万年前)に積もった地層だと考えられています。この層はかなり変成を受けており堅く化石等はあまり出ていません。相模原市ではこの地層を直接見ることはできません。橋を渡った対岸に路頭(ガケなどで石や地層の見えるところ)があるましたが今は見ることはできません。河原の石の中で黒い粘板岩を見ることができます。これが小仏層の石です。
場所によっては、その上に、相模湖層群が積もっていますが田名では不整合(海など水中で積もっていた地層が一度持ち上がり地表に出て雨水の流れなどで削られるなどして(浸食)次の地層が積もるのに時間があいているもの)で中津層(250万年以降)が載っています。この層は川に近い浅めの海で積もったものと考えられます。主に砂岩(砂の積もった層)、泥岩(砂より細かいものが積もっている)で完全に硬い石となっていないところがほとんどです。化石(石化していないものが多い)は、貝類が多く、層によっては木の葉や木(もろい泥炭質)のものも見られます。子どもたちが粘土石と呼んでいる灰色のもろい砂岩が河原では多く見ることができます。この石を割ってみると貝や木の葉等の化石を含んでいることがわかります。これは、もう少し上流の大島あたりの神沢層のものと考えれます。
地層として連続しているものは、高田橋の対岸側の河床等にきれいにみることができます。ガケの上部には河川堆積物として大きな礫(石)の層も見ることができます。ここでは、石の大きさや種類形を観察しておきましょう。そして河原の石と比較しましょう。
田名でも陽原段丘から上は大地の上の河岸段丘(約10万年前から1万年ぐらい前にできました)となっています。相模原大地では、3段に分かれています。陽原段丘(下段)田名原段丘(中段)相模原段丘(上段)で田名地域は陽原段丘、田名原段丘です。相模線より南側がほぼ相模原段丘です。黒い土のすぐ下には、赤土(関東ローム層)が見られます。工事等で掘っているところがあったら色等を見てみましょう。
見やすい路頭
しろ坂の自動車の通るガケ側を見てみましょう。堅い岩盤のように見えますが、柔らかく細かい砂と粘土の間ぐらいの層です。中津層群清水層です。手でも簡単にくずれますのでさわってつぶの大きさを見てみましょう。
狸菩薩の入り口の壁を見てみましょう。ここでは米粒ぐらいの軽石が混じった明るい赤土色の層があります。火山の噴火物が流れて積もったものと考えられます。中津層群の大塚層にあたります。少し気をつけながら、サンプルをとってみましょう。火の坂を上って積もっているものの違いを見てみましょう。
弁天どぶのガケ側には白い砂の層があります。気をつけてみると砂の中に小さな貝の化石が混ざっていることがわかります。釣りをしている人が多いので石をたたくと怒られます。転がっている石をサンプルとしてとっておきましょう。
田名ホームから望地の田まで降りる途中のガケ昔の石切場のあとがあります。硬めの石で火に強いので、カマドに使われました。安全に注意しながら石を採りましょう。中津層群塩田層にあたります。
対岸の地層は、中津層の神沢(かんざわ)層、小沢(こさわ)層が薄い層で見られます。砂岩と泥岩の互層となっており縞模様が見やすく貝の化石を多く含んでいます。神沢層は相模原ではビレッジ若あゆの近くの大島で見ることができますが良い路頭は私有地となっているので許可を得た方が良いと思います。